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ありがちな仮想現実

夢を見た。
ゲームの世界の夢だった。攻殻機動隊やニューロマンサー、マトリックスのような仮想現実世界だ。自分は人間の肉体構造を失い、外骨格の内側に筋肉組織と内骨格(造血などの生命維持用)を納めていた。外観は概してダニに近い。人間の四肢のひじ及びひざから下が二つずつに分割されそれぞれ自由に腕として扱える。この圧倒的な低接地圧を活かしてひらりひらりと飛び、トンネルの天井に貼りつき、滑走して戦った。相当にグロテスクな性的隠喩もあったような気がする。

夢のなかでゲームという夢から目覚めた自分はやはり人間の姿を捨てていた。腕が二本より四本のほうが遥かに使いやすいのになぜ人間の体をとる必要があろう。結果的に自動車か車椅子が入れる所くらいしか入れなくなったが悔いはなかった。そしてそれまでの鍛練を思い出していた。腕が増えた時のこと。その制御のために大脳旧皮質を増量したこと。「這い這い」「左手で箸を持つ」練習を繰り返してこの体が自在に制御できるようになったこと。
人間の体にもどる気などひとつも無いこと。
自分は「幸運にも」ゲームと同じ肉体を得た。はたしてこのゲームから目覚めた少年少女たちは現実世界で二本の腕と二本の脚に満足できるだろうか。そして彼らが自己改造を行うことを、既に施工済みの自分が言う資格はない。このゲームを止めなければ、人類は急速に人類の姿を失っていく。そう、アップルシードでは少し描写されていたが、サイボーグが人間と相似型である必要はないのだ。生殖という重い宿命を人間の半分にだけ課すという不公平を強制する意味も。ということは恋も愛も家族も必要がない。ただつきあいたいと思った人間に、性別もなにも関係なしに求める深度で接続すればそれでいい。自身、生殖機能として精巣は残していたが厚い装甲の下にあり、直接のセックスは不可能な形態となっていた。
ゲームを停止し不満持ちつつも人間世界に戻すべきか、彼等のバイタリティで人間の形を維持することを選ぶだろうか、それとも人間は永遠に人間の形を失ってよいのか、生殖は、ゲームの停止コードを持って苦悩する自分は、焦りと発汗を感じながら(もちろんこれもかつての幻肢といった感覚にすぎない。外殻に散水する能力はあるかもしれないが汗ではない)決断を強いられたところで携帯電話が鳴り目が覚めた。

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